浄光明寺

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基本情報

知名度 ★★
平均評価


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種類 寺院(真言宗泉涌寺派)
アクセス 鎌倉駅西口から徒歩15分。
概要 浄光明寺は鎌倉市扇ヶ谷二丁目にある古義真言宗の寺院。
1251年(建長三年)の創建で、開山は真聖国師真阿、開基は五代執権北条時頼あるいは六代執権北条長時とされる。
最初は浄土宗系の寺だったが、三世、四世と旧仏教系の住持が続き真言・天台・禅・律の四宗兼学となった。
鎌倉時代を通じて北条氏の菩提寺として栄え、幕府滅亡後には、後醍醐天皇の子成良親王が下向した際に勅願所となり、天皇から寺領の寄進も受けている。
また足利氏との関係も深く、中先代の乱(鎌倉幕府再興の企て)を鎮圧するために独断で鎌倉へ下った足利尊氏が天皇に恭順の意を示すために蟄居したのはこの寺であり、足利尊氏は寺領を寄せ、弟の足利直義は舎利殿などを寄進してる。
最盛期には玉泉院、慈恩院、華蔵院など十以上の支院を抱えていたというが、鎌倉公方が去った後は保護者を失い徐々に衰退した。
見どころ 阿弥陀堂冷泉為相の墓矢拾い地蔵網引地蔵
拝観時間 9~16時(阿弥陀三尊像拝観は8月を除く木・土・日曜・祝日の10~12時、13~16時。雨天中止)
拝観料 無料(阿弥陀三尊像拝観は200円)
サイト なし
住所 神奈川県鎌倉市扇ガ谷2-12−1

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浄光明寺の見どころ

阿弥陀堂

浄光明寺の諸堂は寛文年間(1661~73)に火災で焼失しており、阿弥陀堂もその後の1668年(寛文八年)に再建されたもので、二階堂の永福寺から移築したものとされる。

冷泉為相の墓

冷泉為相は鎌倉時代中期から後期にかけて活躍した公卿で、異母兄の二条為氏と領土の相続を巡って争い、その訴訟のために度々鎌倉へ下り、藤ヶ谷に別宅を構え、その際に歌人として鎌倉における歌壇を指導した人物(また母の阿仏尼も訴訟のため鎌倉へやってきており、その事情を記したものが「十六日記」として知られている)。娘の一人が鎌倉幕府八代将軍久明親王に嫁ぐなど幕府との深い関係で知られ、墓は京都ではなくこの浄光明寺につくられている。

矢拾い地蔵

足利義直が戦場で矢が尽きて困っていると、この地蔵が矢を拾い集めてきて義直を助けたという伝説を持つ。

網引地蔵

由比ヶ浜で漁師の網のかかり引き上げられたとの伝承をもつ。

御朱印

種類 ①本尊「宝冠阿弥陀如来」の御朱印、②鎌倉三十三観音霊場第二十五番「千手大悲殿」の御朱印、③鎌倉二十四地蔵尊霊場第十六番「南無綱引地蔵尊」の御朱印、④鎌倉二十四地蔵尊霊場第十七番「南無矢拾地蔵尊」の御朱印、⑤鎌倉十三仏霊場第九番「南無勢至菩薩」の御朱印、⑥弘法大師相模二十一ヶ所霊場第六番「南無大師照遍金剛」の御朱印。
入手場所 本堂左側の建物。
値段 1件300円
オリジナル御朱印帳 ないようです。
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アクセスと駐車場

鎌倉駅から

JR鎌倉駅西口改札を出て、直進するとスーパー紀伊国屋が見えてくるのでその手前の信号を右折。道なりにすすみ寿福寺を過ぎた辺りで右折し踏切を渡り、左に歩き、突き当りを右にいけば到着。所要時間は約13分。
適切なバスはないので徒歩で向かうのが基本となる。

鶴岡八幡宮から

八幡宮正面に面する道路を北鎌倉方面に進み角を小町通りの方に左折。小町通りには入らず、すぐに右折し道なりに進むと寿福寺前に出るので後は上と同じ。所要時間約8分。

駐車場

浄光明寺に専用の駐車場はないので近くのコインパーキングなどを利用。周辺に台数の多い駐車場はなく、道が細く複雑なので鶴岡八幡宮辺りに止めて歩いた方が楽かもしれない。

 
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