常楽寺

[spp]

知名度 ★★
平均評価


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種類 寺院(臨済宗建長寺派)
アクセス 大船駅から徒歩15分。または大船駅東口からバスに乗り常楽寺で下車。
概要 粟船山常楽寺は神奈川県鎌倉市大船五丁目にある臨済宗の寺院。
1237年(嘉禎三年)の創建で、開基は鎌倉幕府第三代執権北条泰時、開山は退耕行勇。
山号のは「粟船山」は大船古名である粟船(あわふね)に、また「常楽」は泰時の法名に由来する。
見どころ 山門梵鐘仏殿木造文殊菩薩坐像北条泰時の墓、木曾義高塚
拝観時間 日中
拝観料 自由
サイト なし
住所 神奈川県鎌倉市大船5丁目8−29

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常楽寺の見どころ

山門

17世紀頃の建立とされ、京都万寿寺二代住持の木庵性瑫筆の扁額が掲げられている。鎌倉市の指定文化財。

梵鐘

宝治二年(1248年)三月二十一日の銘を持ち、国の重要文化財となっている。建長寺や円覚寺の梵鐘と共に鎌倉三名鐘の一つとされることもある。

仏殿

建物は1691年(元禄四年)建立の禅宗様で、県の重要文化財に指定されている。堂内には室町時代の作とされる本尊の阿弥陀如来三尊像や観音菩薩像、勢至菩薩像、蘭渓道隆像、乙護童子立像などを安置し、天井には狩野信筆作の雲龍が描かれている。

文殊堂

仏殿の隣に位置するお堂。
現存する建物は1881年(明治十四年)に鎌倉市扇ガ谷の英勝寺から移築されたものという。堂内に安置されている木造文殊菩薩坐像は鎌倉時代末期の作とされ、普段は見ることができないが毎年1月25日に行われる文殊祭で公開される。

北条泰時の墓

仏殿の背後にある石塔は鎌倉幕府第三代執権で当寺の開山でもある北条泰時の墓とされる。当初は五輪塔だったというが現在は変形の塔になっている。また近くには建長寺の住持など務めた臨済宗の僧南浦紹明(大応国師、1235-1309年)の墓である五輪塔がある。

木曾義高塚

木曾義高は木曾義仲の息子で、政治的な理由で頼朝の娘大姫と婚約させられたが、義仲が頼朝に滅ぼされると義高も殺され、このことが原因で大姫は気を病んでしまったといわれている。一説に常楽寺は大姫の死後、母の北条政子が大姫と義高を弔うために建てた仏堂が始まりだともされるており、境内には木曾義高塚がある。

御朱印と御朱印帳

種類 「大聖文殊菩薩」の1種類?
入手場所 境内寺務所。
値段 1件300円
オリジナル御朱印帳 ないようです。
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歴史

1237年(嘉禎三年)、鎌倉幕府三代執権北条泰時が、妻の母の供養のためその墳墓の傍らに粟船御堂を建て北条政子や頼朝の信任の篤かった退耕行勇を招いたのが前身で、泰時が亡くなるとここに葬り寺名を常楽寺に改めたという。
退耕行勇は禅密兼学の僧で、1254年(建長六年)の泰時十三忌には真言供養が行われており当初は密教系寺院だったと考えられる(あるいは泰時の法名や本尊から浄土宗系寺院であったとする説もある)。
後に建長寺の開山となる蘭渓道隆が五代執権北条時頼の招きで住持として迎えられたことから完全な禅宗寺院となった。その後の寺史は不明。

 
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