下鴨神社

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基本情報

知名度 ★★★★★
平均評価


0

種類 神社
アクセス 市バス下鴨神社前下車すぐ。出町柳駅から徒歩12分。神社西側に駐車場あり(200台、1時間400円)。
概要 下鴨神社は京都市左京区下鴨泉川町にある神社で、正しくは賀茂御祖神社という。
賀茂別雷神社(上賀茂神社)を上社、当社を下社と称し共に賀茂氏の氏神を祀る神社で、少なくとも750年(天平勝宝二年)以降には存在しており、京都でも有数の歴史を誇る。
祭神は玉依姫命と賀茂建角身命。本殿は国宝に指定されており、全体は「古都京都の文化財」の構成要素として世界遺産に登録されている。
主な年中行事には御粥祭(1月15日)、流鏑馬神事(5月3日)、御蔭祭(5月12日)、葵祭(5月15日)、御手洗祭(7月土用)があり、特に平安時代から続く葵祭は有名。
見どころ 本殿大炊殿河合神社出雲井於神社糺の森
拝観時間 6時30分~17時
拝観料 境内自由(大炊殿・御車社・河井神社→大人500円、子供250円)
サイト http://www.shimogamo-jinja.or.jp/
住所 京都市左京区下鴨泉川町59

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下鴨神社の見どころ

本殿

楼門(Photo by:文超石)楼門(Photo by:文超石

本殿は西本殿と東本殿からなり、西に賀茂建角身命 東に玉依姫命を祀る。
賀茂建角身命は日本神話に登場する神で、神武東征の際に八咫烏に化身して神武天皇を先導したことで知られ、玉依姫命はその娘であり、上賀茂神社祭神賀茂別雷命の母でもある。
建物は1863年(文久三年)再建の流造桧皮葺で、国宝に指定されている。
かつては一定期間で社殿を建て替える式年造営を採用しており、1036年(長元九年)~1322年(元享二年)までは20年周期で造り替えられていたが、その後周期は乱れ、現在では国宝や重要文化財に指定されている建物が多いため、屋根の檜皮をふき替える程度に留められている。
本殿の前に直接立つことはできず、手前の幣殿から拝むことになる。

大炊殿

大炊殿は神に供える神饌を作るためのいわば台所で、供え物のレプリカや釜などの調理器具が展示されている。
また、隣の御車舎には葵祭で使用されている儀装馬車や下鴨神社に伝わる資料が展示されている。
前面には「葵の庭」と名付けられた庭があり、葵祭に使用される双葉葵が自生するほかカリンやクチナシなどが植えられている。

河合神社

下鴨神社の摂社の一つ。
加茂川と高野川の合流地点に位置することから河合神社という呼称がついたとされるが、正式には鴨川合坐小社宅神社という。
祀られている玉依姫命は安産、育児、縁結びの神として知られ、古くから女性の信仰を集める。
「方丈記」の著者鴨長明は当社の神官の家の出身で、長明が住んだ方丈のレプリカが展示されている。

出雲井於神社

下鴨神社の摂社の一つで、建速須佐乃男命を祀る。
周囲にどんな植物を植えても葉が柊のようにぎざぎざになるとの言い伝えから、比良木社の別名がある。

糺(ただす)の森

下賀茂神社の敷地内にある約3万6千坪もの広さを持つ原生林。
ケヤキ、エノキ、ムクノキなどの古木が生い茂り、都市の喧騒を忘れてゆっくりと散歩するのに最適の空間となっている。

御朱印・御朱印帳

種類 「賀茂御祖神社」の1種類。
入手場所 中門を入ったところにある御祈祷・御朱印受付所。
値段 1件300円
オリジナル御朱印帳 あり。
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歴史

社伝によれば、神武天皇の代に賀茂建角身命が比叡山西麓御現山に降ったのが始まりとされ、前90年(崇神天皇七年)に神社の瑞垣を修造したとの記述がある。
史料の上で初めて登場するのは「続日本後記」で、天平勝宝二年(750年)十二月賀茂御祖大社に御戸田代一町を充て奉ったとあり、京都の寺社の中でも相当に古いことは間違いない。
元々は山城国葛野郡・愛宕郡を本拠地としていた豪族賀茂氏の氏神を祀った神社で、平安京遷都以降は王城護の神としても崇敬された。806年(大同元年)には正一位の神階を与えられている。
810年(弘仁元年)には、嵯峨天皇の皇女有智子内親王が斎院となり、以後長らく皇女が斎院として奉仕した。また、二十二社の制が作られると上七社の一つとなった。
鎌倉時代には後鳥羽上皇の信仰が篤く、承久の乱にも関与したが処罰を受けることはなかった。
近代社格制度のもとでは官幣大社となり、現在は神社本庁の別表神社。

 
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