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基本情報
知名度 | ★★★ |
平均評価 | |
種類 | 史跡 |
アクセス | 明知鉄道岩村駅から徒歩40分またはタクシーで10分。駐車場あり。 |
概要 |
岩村城は岐阜県恵那市岩村町にかつて存在した山城。 1185年(文治元年)に当地の地頭に任ぜられた鎌倉幕府の御家人加藤景廉の長男である遠山景朝が築城したのが始まりといわれ、遠山氏の城として戦国時代まで存続した。 戦国時代後期には城主遠山景任は織田氏と武田氏に両属したが、1571年(元亀二年)に景任が亡くなると信長の五男御坊丸(勝長)が迎えられ、景任夫人で信長のおばでもあるおつやの方が女城主として実務を取り仕切ったとされる。 1573年(天正元年)には武田氏の家臣秋山虎繁がおつやの方と婚姻関係を結んで城を奪ったが、1575年(天正三年)、織田軍に敗れ秋山夫妻は処刑された。 その後、川尻秀隆、団忠正、森蘭丸などが城主を務め、1600年(慶長五年)の関ヶ原の戦いの際に城主だった田丸忠昌は西軍に属したため戦後改易となった。 江戸時代には岩村藩の藩庁が置かれ、松平氏、丹羽氏などが藩主となったが、明治維新後に出された廃城令により主要な建造物は取り壊された。 日本100名城の一つ。また奈良県高市郡の高取城、岡山県松山市の松山城と共に日本三大山城の一つに数えられ、「東洋のマチュピチュ」の異名もある。 麓の藩主邸跡には岩村歴史資料館があり、関連資料が展示されている。 |
見どころ | 岩村歴史資料館、石垣 |
拝観時間 | 境内自由 |
拝観料 | 境内自由 |
サイト | なし |
住所 | 岐阜県恵那市岩村町城山 |
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