延岡城跡

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基本情報

知名度 ★★
平均評価


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種類 史跡
アクセス JR日豊本線延岡駅から徒歩26分または三輪行バスで大瀬橋北詰下車徒歩5分。駐車場あり。
概要 延岡城は現在の宮崎県延岡市にかつて存在した城。
豊臣秀吉が九州を平定した後、日向国延岡5万3000石を与えられた高橋元種が松尾城に代わる城として1601年(慶長六年)に築城を開始し、1603年(慶長八年)に完成した。
江戸時代を通じて縣藩(延岡藩)の藩庁が置かれ、1613年(慶長十八年)に罪人水間勘兵衛を匿った罪により元種が改易となった後は有馬、三浦、牧野、内藤と藩主が頻繁にかわった。
有馬氏の時代には城下町の整備が進み、城も1655年(明暦元年)には城の修築工事も行われて三階櫓や二階櫓が増築されたが、1683年(天和三年)に火災に遭い、明治維新後の1870年(明治三年)に廃城となった。
現在、江戸時代の建物は残っていないが跡地は公園となっており、桜の名所としても知られる。
見どころ 北大手門千人殺しの石垣城山の鐘
拝観時間 境内自由
拝観料 境内自由
サイト なし
住所 宮崎県延岡市東本小路
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延岡城の見どころ

北大手門

二の丸の北側入口に建つ門。現存の建物は1993年(平成五年)に復元されたもの。

千人殺しの石垣

二ノ丸広場にある高さ22メートルの巨大な石垣。一番下の石を抜けばたちまち崩れて1000人の敵を殺すことができるとされたことから「千人殺しの石垣」と呼ばれる。

城山の鐘

本丸跡には1878年(明治十一年)に建てられた鐘撞堂があり、現在も時刻を知らせるために使用される。初代の鐘は1656年(明暦二年)に延岡藩主有馬康純が今山八幡宮に寄進したもので、現在は西の丸跡の内藤記念館に納められている。

 
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