鑑真

鑑真

鑑真:688年~763年(嗣聖五年/持統天皇二年~天平宝字七年)
奈良時代に活躍した唐出身の渡来僧。
742年(天平十四年)、日本から来た留学僧栄・普照らの要請で渡日を決意。
5回の渡航失敗と失明を経て、753年(天平勝宝五年)に来日。755年(天平勝宝五)、東大寺に戒壇院を設立し、翌年には大僧正となった。
759年(天平宝字3年)には唐招提寺を創建。

 
[gad]

生涯

688年(唐・嗣聖五年)、江蘇省揚州で生まれる。
701年(長安元年)、揚州大雲寺の智満のもとで出家。さらに長安や洛陽で律宗・天台宗の教えを学んだ後、揚州に戻り大明寺に住して戒律を伝授する。
733年(天平五年)、舎人親王の命を受けた栄叡と普照は授戒伝律の師を求めて唐に渡ったものの適した人物を見るけることのできないまま月日が流れていったが、742年(天宝元年/天平十四)、噂を頼りに鑑真と出会い来日を依頼。
鑑真は2人の熱意に動かされ日本に渡ることを決意するが、弟子の密告や暴風によって5回にわたり失敗。さらにこの間に両眼を失明してしまう。
しかし753年(天平勝宝五年)、6度目にしてついに成功し薩摩の坊津に到着。翌年には平城京に入った。
754年(天平勝宝五年)4月、東大寺大仏殿前に戒壇を設けて聖武天皇以下400名に受戒。
756年(天平勝宝八年)、大僧都に任じられたが758年(天平宝字2年)には高齢のためその任を解かれて大和上の称号を贈られた。
759年(天平宝字三年)、与えられた新田部親王の旧邸宅跡に唐招提寺を創建し、戒律の普及に努めた。763年(天平宝字七年)、唐招提寺で死去。

広告

鑑真ゆかりの寺社・史跡

  • 唐招提寺
  • 鑑真によって創建された寺。死の直前の本人をモデルに造られた鑑真和尚像(国宝)などがある。

  • 東大寺
  • 戒壇院を設けた多くの人に戒律を授けた寺。

 
[gad45]

広告