高麗神社

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基本情報

知名度 ★★
平均評価


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種類 神社
アクセス JR八高線高麗川駅から徒歩20分。西武秩父線高麗駅から徒歩37分。駐車場あり。
概要 高麗神社は埼玉県日高市にある神社で高麗王若光を祀る。
高麗(こま)とは朝鮮半島北部にあった国家のことで(高句麗とも書く)、668年に唐と新羅の連合軍に滅ぼされると多くの人が日本へ渡った。
「続日本紀」には716年(霊亀二年)に駿河、甲斐、相模、上総、下総、常陸、上野、下野の高麗人を武蔵国に移住させて高麗郡を置いたとの記事があり、当社のその高麗郡の中心をなす神社として移住民のリーダーとされる高麗若光を祀って創建されたと伝えられる。
以来現在まで若光の子孫が代々宮司を務めており、こうした関係から境内入口には在日韓国人に団体から奉納された将軍標(朝鮮半島でみられる境界標)がある。
境内は桜や紅葉の名所としても知られ、主な行事には、歳旦祭(1月1日)、桜祭(4月)、高麗郡建郡記念神恩感謝祭(5月16日)、民謡踊り大会(8月)、例祭(9月19日)がある。
見どころ 御神門本殿高麗水天宮高麗家住宅
拝観時間 境内自由(お守りの授与などは8時30分~17時)
拝観料 境内自由
サイト http://www.komajinja.or.jp/
住所 埼玉県日高市大字新堀833

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高麗神社の見どころ

御神門

社殿エリアの入口に建つ門。
扁額の字は1900年(明治三十三年)に当社を訪れた大韓帝国の政治家・趙重応の筆で、後の高麗(こうらい)国と区別するために高と麗の間に小さな字で句が書かれている(現在「高句麗(=こうくり)」と読まれることの多い朝鮮半島にあった国は当時の日本では「高句麗・高麗・貊・狛(=こま)」の呼称が一般的であり、当社の正式な社名も「高麗神社(こまじんじゃ)」である)。

本殿

一間社流造の本殿は1935年(昭和十年)の再建で、築地本願寺などで知られる建築家伊東忠太の設計。
大正、昭和初期に参拝した政治家がその後次々と総理大臣に就任したことから出世にご利益があるとして信仰を集めるようになり、現在も出世を願う人が多い。
祭神高麗若光は前述のように移住者のリーダーとされる人物で、高麗王族の出身とみられ、「続日本紀」には703年(大宝三年)に王(こにきし)の姓が与えられ、従五位下に列せられたとの記事がある。

高麗水天宮

末社のひとつで安徳天皇を祭神とする。
江戸時代に江戸日本橋の水天宮を勧請したものとされ、安産にご利益があるとして信仰を集めている。

高麗家住宅

本殿後方にある木造の単層入母屋造茅葺の建物。
江戸時代初期に建てられたもので、代々宮司を務める高麗家の住居として使用されてきた。国の重要文化財に指定されている。

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御朱印・御朱印帳

種類 ①「高麗神社」の御朱印(押される花の印が椿、梅、桜、アジサイなど毎月その季節の花に変わる模様)、②「水天宮」の御朱印。
貰える場所 本殿となりの参集殿授与所。
値段 1件300円
オリジナル御朱印帳 社殿と高句麗風の騎兵が描かれた御朱印帳があります。サイズは16cm×11cm、値段は700円。

 
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