二俣城跡

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基本情報

知名度
平均評価


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種類 史跡
アクセス 天竜浜名湖鉄道二俣本町駅から徒歩10分。
概要 二俣城は現在の静岡県浜松市天竜区二俣町二俣にかつて存在した城。
室町時代後期に駿河守護の今川氏が斯波氏との戦いに備えて築いたのが始まりといわれ、初め現在の天竜区役所付近にあったが、今川義元の時代に松井宗信が現在地へ移したと考えられている。
1560年(永禄三年)の桶狭間の戦いで宗信が義元と共に戦死した後は宗信の子宗恒が城主となり、三河の徳川家康と甲斐の武田信玄が駿河に侵攻し今川氏が滅ぶと、松井氏は武田氏についたが、徳川軍に攻められ降伏した。
家康は鵜殿氏長、次いで中根正照を城代とし戦いに備えたが、1572年(元亀三年)、武田軍に攻められ落城し、武田氏の家臣・依田信蕃が入城した。
奪還を目指す家康は苦戦していたが、1575年(天正三年)の長篠の戦いの後、形勢は逆転して、同年12月には奪還に成功し、大久保忠世を城主とした。
1579年(天正七年)に武田氏と通じていることを織田信長に疑われた家康の長男信康が切腹させられる事件が二俣城でおきている。
1590年(天正十八年)、領地替えにより家康が関東に移ると堀尾吉晴が浜松城に入り、二俣城はその支城とされたが、1600年(慶長五年)に堀尾氏が出雲に移ると廃城となった。
現在は公園として整備されており、天守台や石垣、土塁の一部が残る。また近くには家康が二俣城を攻めるために築かせた鳥羽山城の跡がある。
見どころ 石垣、天守台、土塁
拝観時間 境内自由
拝観料 境内自由
サイト なし
住所 静岡県浜松市天竜区二俣町二俣

 
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