花園神社

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基本情報

知名度 ★★★★
平均評価


0

種類 神社
アクセス 東京メトロ丸の内線・副都心線・都営新宿線新宿三丁目駅すぐ。各新宿駅東口から徒歩7分。→詳細
概要 東京都新宿区新宿にある神社で、倉稲魂命・日本武尊・受持神を祀る。
正確な創建年代は不明だが徳川家康が武蔵野国に入る以前にすでに存在していたとされ、江戸時代には愛染院の別院・三光院の住持が別当を兼ねたが維新後分離され独立した神社となった。
都会の神社らしく境内はビルの合間にあり、鮮やな朱色に塗られた社殿が印象的。
主な行事には、元旦祭(1月1日)、節分祭(2月3日)、盆踊り(8月初旬)、例大祭(5月下旬)、酉の市(11月酉の日)、年越大祓(12月31日)がある。
見どころ 本殿・拝殿芸能浅間神社威徳稲荷神社酉の市
拝観時間 境内自由(社務所は8時~20時、祈祷は9時30分~16時30分)
拝観料 境内自由
サイト http://www.hanazono-jinja.or.jp/mt/page/a4.html
住所 東京都新宿区新宿5-17-3

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花園神社の見どころ

本殿・拝殿

度重なる火災などで社殿は何度も建て替えられ、現存する建物は1965年(昭和四十年)の再建。
元々花園神社本殿に祀られていた倉稲魂命と後に合祀された末社大鳥神社の祭神日本武尊(ヤマトタケル)・新宿4丁目にあった雷電稲荷神社の祭神受持神を祀る。

芸能浅間神社

花園神社の境内摂社で木花之佐久夜毘売(コノハナノサクヤビメ)を祀る。
芸能の神として信仰され、数々の芸能人から奉納された玉垣が取り囲む。また傍らには「圭子の夢は夜ひらく」などのヒット曲で知られる藤圭子(宇多田ヒカルの母でもある)の歌碑が立つ。

威徳稲荷神社

来歴は不明だが現在の社殿は1928年(昭和三年)頃の建立とされ、縁結び・恋愛成就・子授けなどにご利益があるといい女性に人気が高い。神社へは信者から奉納された何本もの鳥居が続く。

酉の市

酉の市とは日本武尊を祀る鷲神社・大鳥大社を中心に行われる祭事の事。
武蔵野国南足立郡花又村(現足立区花畑町)の大鷲神社が発祥とされ、日本武尊が東征の際に戦勝祈願を行い、勝利後お礼参りをしたのが起源といい、日本武尊の命日とされる11月の酉の日に行われる。
花園神社の酉の市は台東区の鷲神社、府中の大國魂神社と共に関東三大酉の市のひとつとされ毎年多くの人で賑わう。商売繁盛にご利益のあるという縁起物の熊手が売られ、今時珍しい見世物小屋が立つことでも知られる。

御朱印

種類 「花園神社」の1種類。
入手場所 拝殿右手の授与所。
値段 1件300円
オリジナル御朱印帳 ないようです。

歴史

創建年代は不明だが徳川家康が江戸に入った1590年(天正十八年)以前には存在していたとされ、大和国吉野山より勧請したものだという。
はじめ社地は現在より250m程南にあったが、寛政年間(1789年~1801年)に朝倉筑後守という旗本が近くに屋敷を建てると土地が囲い込まれ参拝が困難になったため尾張藩下屋敷の庭園だった現在地に移った。
江戸時代を通じて四谷愛染院の別院である三光院の住持が別当を兼ね三光院稲荷などと呼ばれたが、明治の神仏分離令により独立して稲荷神社と称した。
単に稲荷神社となったのは花園と書き忘れたためともいわれ、これでは全国に幾多もある稲荷神社と区別がつかないので1916年(大正五年)花園稲荷神社と改称。花園の名は尾張藩の下屋敷が庭園が花が多く植えられていたことに由来する。
1928年(昭和三年)、新宿4丁目にあった雷電稲荷神社を合祀し、1965年(昭和40年)には本殿建て替えに際して末社の大鳥神社を合祀して社名を花園神社と改めた。

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アクセス

新宿三丁目駅から

最寄り駅は、東京メトロ丸の内線・副都心線・都営新宿線の「新宿三丁目駅」で、E2出口を出てすぐ左隣。徒歩0分で到着。

新宿駅から

中央東口を出てそのまま直進。明治通りを左折し、新宿五丁目交差点を通過し80mほど進んだ左側。所要時間は約7分。

駐車場

花園神社に参拝客用の駐車場はないので車の場合は周辺のコインパーキングなどを利用。
キプト新宿第2(30分500円)、ブルーパーキング歌舞伎町第2駐車場(20分200円)などが近い。

 
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