鳥取城跡城内マップ
[spp]
基本情報
知名度 | ★★★ |
平均評価 | |
種類 | 史跡 |
アクセス | JR山陰本線鳥取駅から鳥取市100円巡回バスくる梨緑コースで「市立武道館」下車徒歩5分。駐車場あり。 |
概要 |
鳥取城(久松城)は鳥取県鳥取市にかつて存在した山城。 築城に関する正確な事情は不明で、因幡守護山名久通(誠通)が1545年(天文十四年)頃に築いたとされるが、久通と対立する山名祐豊によって築かれたとする説もある。 永禄年間には山名氏の家臣だった武田高信が鳥取城を支配するようになり、1573年(天正元年)には山名豊国が高信を滅ぼして城主となるも毛利氏の武将・吉川元春に攻められて毛利氏の勢力下に入るようになった。 織田信長は中国地方を支配する毛利氏を攻略するため1578年(天正六年)に中国侵攻を開始し、因幡国にも1580年(天正八年)と翌81年(天正九年)に羽柴秀吉配下の大軍が押し寄せ、81年には秀吉軍は鳥取城を包囲して厳しい兵糧攻めが行われて落城した。 落城後鳥取城攻めに活躍した、秀吉の家臣・宮部継潤が城主となりるが、関が原の戦いの際、継潤の子・長房は西軍方に属し、鳥取城は東軍の亀井茲矩らに攻められて落城。 その後、池田長吉が城主となり江戸時代には鳥取藩の藩庁が置かれたが、明治維新後に出された廃城令により取り壊され、建物は残っていない。国の史跡に指定。桜の名所としても有名。 |
見どころ | 仁風閣、宝隆院庭園、天球丸跡、天守閣跡 |
拝観時間 | 公園内自由。仁風閣は9時~17時。 |
拝観料 | 無料。仁風閣は一般150円、小中高生無料。 |
サイト | なし |
住所 | 鳥取県鳥取市東町 |
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鳥取城跡の見どころ
仁風閣
扇御殿の跡地に建つ洋館。旧藩主家の当主である候爵・池田仲博が1907年(明治四十年)に嘉仁親王(後の大正天皇)の山陰行啓時の御座所(宿泊施設)として建てたもので、1976年から一般公開されるようになった。国の重要文化財に指定。
宝隆院庭園
仁風閣南側にある庭園。1863年(文久三年)に扇御殿の庭として造営されたもので、12代藩主池田慶徳が早くに夫を亡くした11代藩主池田慶栄の正室・整子(聡姫、宝隆院)を慰めるためにつくらせたものと伝えられる。
天球丸跡
二の丸の上にある場所で、初代藩主池田長吉の姉である天球院の住居があったことからこの名がついたとされる。現在、復元された巻石垣をみることができる。
天守閣跡
鳥取城には、山名豊国が鳥取城に拠点を移した際に布勢天神山城の天守を移築したと伝えられる天主があったが、1692年(元禄五年)に落雷で焼失し、以後は再建されなかった。
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