米子城跡

[spp]

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基本情報

知名度 ★★★
平均評価


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種類 史跡
アクセス JR山陰本線・伯備線・境線米子駅から徒歩20分。駐車場あり。
概要 米子城は鳥取県米子市久米町にかつて存在した平山城。
応仁・文明年間(1467-87年)に山名氏によって築かれたのが始まりとされ、1524年(大永四年)に尼子氏に奪われるが、1562年(永禄五年)頃毛利氏の支配下に入り、1591年(天正十九年)には毛利氏の家臣・吉川広家が城主になって近世城郭としての米子城の築城を開始した。
広家は関ケ原の戦いの際、消極的にではあったが西軍に味方したため岩国に転封となり、代わりに伯耆17万5000石の領主として中村一忠が入って米子藩が成立した。
1609年(慶長十四年)に一忠が急死すると中村家は断絶して加藤貞泰が藩主となるが、1617年(元和三年)に伊予大洲藩に転封となると米子藩は廃藩となり、伯耆・因幡両国が鳥取藩主池田光政の所領となった。
1632年(寛永九年)に池田光仲が藩主となると米子城には家臣の荒尾成利が入り、以後、明治維新まで荒尾氏が城代を世襲した。
維新後、建物は取り壊され、現在は石垣が残るのみだが、山頂の本丸は辺りを一望できる絶景スポットとして知られる。
見どころ 石垣、景観
拝観時間 24時間
拝観料 無料
サイト http://yonago.lg.jp/
住所 鳥取県米子市久米町

 
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