恵林寺

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基本情報

知名度 ★★★
平均評価


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種類 寺院(臨済宗)
アクセス JR中央線塩山駅から西沢渓谷行バスで「恵林寺前」下車徒歩1分。駐車場あり。
概要 恵林寺は山梨県甲州市塩山にある臨済宗妙心寺派の寺院。
1330年(元徳二年)に鎌倉幕府の御家人で甲斐国牧庄の地頭だった二階堂道蘊(貞藤)が著名な禅僧・夢窓疎石を開山に招いて創建。
当地における臨済宗の中心的な寺院として栄え、室町時代後期には衰微したが、戦国大名として名を馳せた武田信玄の帰依を受けて再興され、1576年(天正四年)には信玄の葬儀が盛大に営まれている。
1582年(天正十年)に武田氏が滅亡した際、織田軍に焼かれたが、甲斐国が徳川家康の領地とさると復興され、江戸時代には第五代将軍徳川綱吉の側用人で甲府藩藩主の柳沢吉保の帰依を受けて栄えた。
見どころ 四脚門三門開山堂本堂庭園明王殿武田信玄の墓柳沢吉保の墓信玄公宝物館
拝観時間 8時30分~16時30分。宝物館は12月-3月の毎週木曜日休館。
拝観料 入山料→大人300円、小中高生100円。信玄公宝物館→大人500円、高校生400円、小中学生100円。共通券→大人700円、高校生400円、小中学生200円。
サイト http://erinji.jp/
住所 山梨県甲州市塩山小屋敷2280

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恵林寺の見どころ

四脚門(赤門)

境内入口に建つ朱塗りの門。
桃山時代後期あるいは江戸時代初期に徳川家康の支援で再建されたものと伝えられ、国の重要文化財に指定さている。山号である「乾徳山」の額を掲げる。

三門

四脚門の奥に位置する1間1戸の重層門。
1582年(天正十年)に織田軍の襲撃を受けた際、恵林寺の僧達はこの門の楼上に集められ焼き殺された。この時住持の快川紹喜は「安禅必ずしも山水を須いず、心頭を滅却すれば火も自ら涼し」という言葉を残したとされ、三門両側には「安禅不必須山水」、「滅却心頭火自涼」と刻まれた扁額が掲げられている。山梨県指定有形文化財。

開山堂

開山の夢窓疎石像及び住持の快川紹喜像、末宗瑞曷像を安置する御堂。正確な年代は不明だが江戸時代の再建で甲州市指定文化財となっている。

本堂

恵林寺は1905年(明治三十八年)に火災に遭っており、現存の建物はその後の再建。堂内には本尊釈迦如来像を安置する。

庭園

本堂背後の池泉回遊式庭園は作庭の名手として知られた夢窓疎石の手によるものと伝えられ、国の名勝に指定されている。

明王殿

不動明王を祀るお堂。
堂内の不動明王像は、信玄の生前にその姿を模して刻まれたもので、胸部に漆に混ぜた信玄の毛髪が塗り込まれていると伝えられ、「武田不動」とも呼ばれる。

武田信玄の墓

1573年(元亀四年)に亡くなった甲斐・信濃の戦国大名武田信玄(晴信)はここに葬られ、遺言により3年後の1576年(天正四年)に葬儀が営まれた。
現在ある宝篋印塔と五輪塔は100年忌に合わせて1672年(寛文十二年)に造られたもの。通常は非公開だが毎月12日には公開される。

柳沢吉保の墓

柳沢吉保は元は館林藩士で、館林藩主の徳川綱吉が将軍に就任すると側用人として権勢をふった人物。
元々武田氏の家臣の家系で、信玄を深く尊敬していたために当寺に墓が造られた、近くには柳沢吉保坐像を安置する柳沢吉保公霊廟もある。

信玄公宝物館

恵林寺に伝わる文化財や武田氏関連の資料などを展示する歴史博物館。
主な所蔵品には来国長銘の太刀(重文)や備州長船倫光銘の短刀(重文)、信玄の所持品と伝えられる兜、軍配などがある。

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御朱印・御朱印帳

種類 甲斐百八霊場第九番「武田不動尊」の1種類。
貰える場所 拝観受付。
値段 1件300円
オリジナル御朱印帳 武田氏の軍旗に書かれたとされる「風林火山」の字が入った御朱印帳があります。値段は1500円、サイズは16×11㎝。

 
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