今戸神社

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基本情報

知名度 ★★★★
平均評価


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種類 神社
アクセス 都営地下鉄・東武・東京メトロ浅草駅から徒歩15分。つくばエクスプレス浅草駅から徒歩20分。駐車場あり。
概要 東京都台東区今戸にある神社で、応神天皇など4柱の神を祀る。
前九年の役に向かう際当地に立ち寄った源頼義・義家によって創建されたのが始まりと伝えられ、現在では縁結びにご利益のある神社として若い女性の人気を集めている。
主な行事には、歳旦祭(1月1日)、節分祭 (2月3日)、紀元祭(2月11日)、例大祭(6月第1土曜日・日曜日)、新嘗祭(11月23日)、大祓式(12月31日)がある。また男女の出会いイベントである縁結び会が開催されることもある。
見どころ 本殿招き猫沖田総司終焉の地の石碑狛犬
拝観時間 9時~17時
拝観料 境内自由
サイト http://members2.jcom.home.ne.jp/imadojinja/
住所 東京都台東区今戸1-5-22

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今戸神社の見どころ

本殿

大型の招き猫が2体置かれた権現造(拝殿と本殿が相の間を挟んで一体となった建築様式)の本殿には応神天皇・伊弉諾尊(イザナギ)・伊弉冉尊(イザナミ)・福禄寿(フクロクジュ)を祀る。
イザナミ・イザナギは言わずと知れた国生み・神生みの夫婦神であり、ここから子孫繁栄や縁結びの信仰が生まれたという。
福禄寿は浅草七福神のひとりで、幸福・財産・長寿を授ける福の神として信仰されている。

招き猫

浅草花川戸に住んでいた老婆が貧困ゆえに愛猫を手放したところ、夢にその猫が現れ「自分の姿を人形にすれば必ず福徳を授かる」と告げたため、今戸焼で猫の人形を造り浅草寺で売ったのが招き猫の始まりだという。
今戸神社も招き猫発祥の地のひとつとされ、境内には社殿横の撫でるとご利益のあるという「なで猫」をはじめ、いくつもの招き猫が置かれている。
また、丸型の絵馬にも招き猫が描かれており、授与所では招き猫おみくじ・お守りなども求めることができる。

沖田総司終焉の地の石碑

沖田総司(1844?-1868年)は新選組の一番隊隊長として活躍したことで知られる武士で、肺病を患ったため鳥羽・伏見の戦いに参加できず、江戸に引き上げ今戸八幡(現今戸神社)に居を構えていた医学所頭取の松本良順(後に初代陸軍軍医総監)の治療を受けたが回復せず1868年(慶応四年)死去した。
境内の一角にはその事を記念した石碑が建てられている。

狛犬

手水舎近くに置かれた金網に囲まれた狛犬は1822年(文政五年)に今戸焼きの職人達の寄進で造られたものだといい、台東区の有形文化財に指定されている。

御朱印・御朱印帳

種類 ①「今戸神社」、②浅草七福神「福禄寿」。
入手場所 拝殿右手の授与所。
値段 1件300円
オリジナル御朱印帳 招き猫柄の御朱印帳が数種類あり。

歴史

1063年(康平六年)、源頼義と八幡太郎義家が奥州で反乱を起こした安倍頼時・貞任らの討伐(=前九年の役)の際に石清水八幡宮を勧請して創建したのが始まりとされる(これは鎌倉の八幡宮とほぼ同じ由緒である)。
また1081年(永保元年)には清原武衡・家衡討伐(=後三年の役)に向かう義家が戦勝を祈願し、無事勝利をおさめ帰還すると社殿を修復したという。
このように八幡宮として創建されたため今戸八幡宮といったが、1937年(昭和十二年)にイザナミ・イザナギを祀っていた近くの白山神社を合祀して今戸神社と改称した。
1923年(大正十二年)の関東大震災や1945年(昭和二十年)の東京大空襲では大きなダメージを受けたがその後復興されて現在にいたる。

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アクセス

浅草駅から

都営地下鉄・東武・東京メトロ浅草駅改札を出て、江戸通り(6号線)→314号線と進み、台東区リバーサイドスポーツセンター前で左の道に入る。所要時間は約15分。

つくばエクスプレス浅草駅から

つくばエクスプレス浅草駅A出口を出て国際通りを進み、西浅草三丁目で右折して言問通り(319号)に入る。隅田川に突き当たったら左折して後は上に同じ。所要時間は約20分。

駐車場

境内に駐車スペースがあるので車の場合はおそらくこれを使用して問題ない。料金は無料の模様。

 
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